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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)49号 判決

原告

トーラク株式会社

代表者代表取締役

【A】

原告

不二製油株式会社

代表者代表取締役

【B】

両名訴訟代理人弁理士

【C】

【D】

被告

特許庁長官【E】

指定代理人

【F】

【G】

【H】

主文

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第1原告らが求める裁判

「特許庁が平成9年異議第75058号事件について平成10年12月14日にした決定のうち「特許第2604481号の請求項1、3に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。」との判決

第2原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、名称を「プリンの製造方法」とする特許第2604481号発明(平成2年5月14日特許出願、平成9年1月29日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。

本件発明の特許に対して特許異議の申立てがなされ、被告は、これを平成9年異議第75058号事件として審理した結果、平成10年12月14日に「特許第2604481号の請求項1、3に係る特許を取り消す。同請求項2、4に係る特許を維持する。」との決定をし、平成11年1月21日にその謄本を原告らに送達した。

2  本件発明の特許請求の範囲(別紙図面A参照)

[請求項1]

熱凝固性プリン原料を合成樹脂製プリン容器に充填し、連続加熱装置で加熱凝固させるに当たり、該プリン容器の底部及び側壁部と上部開口部との加熱雰囲気を中枠によって区分けし、該プリン容器底部及び側壁部は蒸気を含む湿熱雰囲気で加熱し、上部開口部はそれより乾熱の雰囲気で加熱することを特徴とするプリンの製造方法。

[請求項3]

プリン容器を、該容器のフランジ部で中枠開口部に懸垂させる請求項1記載の方法。

3  決定の理由

別紙決定書の理由(一部)写しのとおり(なお、決定にいう「刊行物1」は本件訴訟における甲第3号証である。以下、これを「訴甲3(審刊1)」の要領で表示し、他についてもこれにならう。)

4  決定取消事由

決定は、本件発明の技術内容及び刊行物記載の技術内容を誤認した結果、請求項1及び3に係る本件発明は刊行物記載の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  請求項1の進歩性の判断の誤り

請求項1記載の発明と訴甲3(審刊1。昭和58年実用新案出願公開第85978号)記載の考案が決定認定の相違点を有することは認める。しかしながら、相違点a及びcに関する決定の判断は誤りである。

イ 相違点aの判断の誤り

相違点aに係る本件発明の構成(プリン容器を合成樹脂製とする点)について、決定は、訴甲7,8(審刊5,8)の記載を論拠として容易想到性を肯定している。

しかしながら、本件特許公報3頁左欄30行ないし33行に記載されているように、本件発明は「焼きタイプのプリン」の製造方法に関するものであり(中枠によって区分けされた上部開口部を乾熱雰囲気で加熱するのはそのためである。)、また、訴甲3(審刊1)記載の考案も「焼きタイプのプリン」を製造するための器具に関するものである。

これに対して、訴甲7(審刊5。【I】編「ガトウ」353号。社団法人日本洋菓子協会連合会昭和56年10月1日発行)に記載されているのは「蒸しタイプのプリン」の製造方法であり、訴甲8(審刊8。昭和48年特許出願公開第82065号)記載の発明も、容器に蓋をして加熱することにより「蒸しタイプのプリン」に非常に近いものを製造する方法に関するものであって、だからこそ、これらの方法においては合成樹脂製の容器の使用が可能なのである。したがって、訴甲7(審刊5)あるいは訴甲8(審刊8)記載の技術的事項を訴甲3(審刊1)記載の考案に適用することには合理的な動機付けが存在しないから、決定の上記判断は誤りである。

被告は、訴甲7(審刊5)について、「オーブンに入れて蒸し焼きにする」との記載があることを指摘するが、同号証の「水蒸気で蒸すのが一番良い。テンパンに水(湯)を入れて蒸すと、(中略)オーブン内に水蒸気がこもって(中略)いわば型のままゆでているようなものである。(中略)オーブン内に水蒸気を充満させ(中略)ることが大切である。」(61頁右欄2行ないし15行)との記載からすれば、同号証記載の方法は「蒸しタイプのプリン」に関するものとみなければならない。

また、被告は、訴甲8(審刊8)には合成樹脂製の容器全体を「天火に入れて150℃~180℃に45分~1時間加熱する」と記載されていることを指摘するが、合成樹脂製の容器は「天火に入れて150℃~180℃に45分~1時間加熱す」れば変形するおそれがあるから、この方法を実施するときは、天板に水を張って容器付近の温度を下げ、湿熱雰囲気で加熱せざるを得ないことは技術的に明らかである。したがって、被告の上記主張はいずれも失当である。

ロ 相違点cの判断の誤り

相違点cに係る本件発明の構成(中枠によって熱雰囲気が区分されるのが、プリン容器の底部及び側壁部と上部開口部である点)について、決定は、訴甲7(審刊5)の記載を論拠として容易想到性を肯定している。

しかしながら、訴甲3(審刊1)記載の考案が「焼きタイプのプリン」を製造するための器具に関するものであるのに対して、訴甲7(審刊5)に記載されているのが「蒸しタイプのプリン」の製造方法であることは前記のとおりである。まして、訴甲7(審刊5)には、前記のように全体を均一の湿熱雰囲気にすべきことが記載されており、そもそも同号証記載の技術には加熱雰囲気を中枠によって区分けする発想自体が存在しないのであるから、訴甲7(審刊5)記載の技術的事項を訴甲3(審刊1)記載の考案に適用することには合理的な動機付けが存在しない。したがって、決定の上記判断は誤りである。

(2)  請求項3の進歩性の判断の誤り

決定は、プリン容器をそのフランジ部で中枠開口部に懸垂させるという、請求項3の特徴点の容易想到性を、訴甲5(審刊3。昭和53年実用新案出願公告第5221号)の記載を論拠として肯定している。

しかしながら、訴甲5(審刊3)記載の考案は「冷却又は加温装置」に関するものとされてはいるものの、同号証を検討すると、そこに記載された装置によって得られるものは「蒸しタイプのプリン」と考えざるを得ない。のみならず、同号証記載の考案には加熱雰囲気を中枠によって区分けする発想自体が存在しないのであるから、訴甲5(審刊3)記載の技術的事項を訴甲3(審刊1)記載の考案に適用することには合理的な動機付けが全く存在しない。したがって、決定の上記判断も誤りである。

第3被告の主張

原告らの主張1ないし3は認めるが、4(決定取消事由)は争う。決定の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  請求項1の進歩性について

(1)  相違点aの判断について

原告らは、本件発明も訴甲3(審刊1)記載の考案も「焼きタイプのプリン」を製造するための器具に関するものであるのに対して、訴甲7(審刊5)及び訴甲8(審刊8)に記載されているのは「蒸しタイプのプリン」又はこれに非常に近いものの製造方法に関するものであるから、後者に記載されている技術的事項を訴甲3(審甲1)記載の考案に適用することには合理的な動機付けが存在しない旨主張する。

本件特許公報の「プリンは、加熱方法によっても2つのタイプに分類される。即ち、オーブンの中で蒸し焼きする焼きタイプとレトルト釜や蒸し器等で蒸気加熱する蒸しタイプがある。」(2頁左欄15行ないし18行)との記載によれば、原告らのいう「焼きタイプのプリン」は「オーブンの中で蒸し焼きする」ことによって得られるものと解される。

しかるに、訴甲7(審刊5)には「180℃のオーブンに入れて蒸し焼きにする。」(18頁右欄1行,2行)と記載されており、同号証に記載されているプリンが「オーブンの中で蒸し焼きする」ことによって製造されることが明らかにされている(ちなみに、「蒸し焼き」とは、食品を鉄板(天板)にのせ、オーブンに入れて焼く加熱法である。乙第1号証の564頁左欄21行以下参照)。また、訴甲8(審刊8)には、実施例として、合成樹脂製の容器全体を「天火に入れて150℃~180℃に45分~1時間加熱する」(2頁左下欄4行ないし6行)、すなわち乾熱雰囲気で加熱することが記載されている。

したがって、たとい訴甲3(審刊1)記載の考案が「焼きタイプのプリン」を製造するための器具に関するものであるとしても、訴甲7(審刊5)あるいは訴甲8(審刊8)記載の技術的事項を訴甲3(審刊1)記載の考案に適用することには何らの困難もあり得ないから、相違点aに関する決定の判断に誤りはない。

(2)  相違点cの判断について

原告らは、訴甲3(審刊1)記載の考案が「焼きタイプのプリン」を製造するための器具に関するものであるのに対して、訴甲7(審刊5)に記載されているのは「蒸しタイプのプリン」の製造方法であるうえ、そもそも訴甲7(審刊5)記載の技術には加熱雰囲気を中枠によって区分けする発想自体が存在しないから、訴甲7(審刊5)記載の技術的事項を訴甲3(審刊1)記載の考案に適用することには合理的な動機付けが存在しない旨主張する。

しかしながら、訴甲7(審刊5)記載の技術によって製造されるプリンは原告らのいう「焼きタイプのプリン」であることは上記のとおりであって、同号証には、プリン生地を均一に焼くために「バットの中に水または湯を、プリン生地よりも高い水面になるように流し入れる」(18頁左欄2行ないし4行)ことが記載されているのであるから、相違点cに関する決定の判断に誤りはない。なお、原告らは、訴甲7(審刊5)記載の技術には加熱雰囲気を中枠によって区分けする発想自体が存在しない旨主張するが、加熱雰囲気を中枠によって区分けする発想自体は既に訴甲3(審刊1)に開示されているのであるから、原告らの上記主張は失当である。

2  請求項3の進歩性について

原告らは、訴甲5(審刊3)記載の考案の装置によって得られるものは「蒸しタイプのプリン」と考えざるを得ないうえ、同考案には加熱雰囲気を中枠によって区分けする発想自体が存在しないから、訴甲5(審刊3)記載の技術的事項を訴甲3(審刊1)記載の考案に適用することには合理的な動機付けが存在しない旨主張する。

しかしながら、訴甲5(審刊3)には、「プリンなどのように凝固後もなお形状的に不安定なものは、成可く衝撃を与えることなく、しかも同一姿勢のまゝ取扱われることが望ましい。然るにこの考案は水平に敷設されたバーコンベヤーにより垂直吊下状態で冷却又は加熱処理し」(1欄34行ないし2欄2行)と記載され、第2,3図(別紙図面B)にはプリン容器をそのフランジ部で懸垂する構成が図示されている。

したがって、請求項3の進歩性に関する決定の判断にも誤りはない。

理由

第1原告らの主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の特許請求の範囲)及び3(決定の理由)は、被告も認めるところである。

第2甲第2号証(特許公報)によれば、本件発明の概要は次のとおりと認められる(別紙図面A参照)。

1  技術的課題(目的)

本件発明は、長期間の保存が可能なカスタードタイプのプリンを製造する方法に関するものである(1頁右欄4行,5行)。

卵の凝固力で固めるカスタードプリンは、85~90℃以上(これ以下の温度であっても長時間)の加熱を行うと表面に亀裂等が生じて商品価値を損なうので、十分な殺菌をすることが難しく、冷蔵保存でも2~3日程度が限界であって、冷蔵流通に必要とされる2週間の保存に耐えるものを得ることは不可能である。特に、オーブンの中で蒸し焼きする「焼きタイプのプリン」(このタイプのプリンは、レトルト釜や蒸し機等で蒸気加熱する「蒸しタイプのプリン」よりもおいしいとされ、需要が多い。)は、表面の温度コントロールが難しく、まして、大量生産(連続加熱)において一般生菌の殺菌に必要とされる85℃以上15分以上の加熱を行うことは非常に困難である(2頁左欄2行ないし27行)。

本件発明の目的は、商品価値を損なうことなく保存性を向上した焼きタイプのカスタードプリンを連続的に製造する方法を創案することである(2頁左欄29行ないし32行)。

2  構成

上記の目的を達成するために、本件発明は、その特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(1頁左欄2行ないし15行)。

3  作用効果

本件発明によれば、商品価値を損なうことなく2週間の冷蔵保存が可能なカスタードプリンの製造が可能である(3頁右欄30行ないし33行)。

第3以上を前提として、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  請求項1の進歩性について

(1)  相違点aの判断について

原告らは、訴甲3(審刊1)記載の考案が「焼きタイプのプリン」を製造するための器具に関するものであるのに対して、訴甲7(審刊5)及び訴甲8(審刊8)に記載されているのはそれぞれ「蒸しタイプのプリン」及びこれに非常に近いものの製造方法に関するものであるから、後者に記載されている技術的事項を訴甲3(審刊1)記載の考案に適用することには合理的な動機付けが存在しない旨主張する。

前掲甲第2号証によれば、本件明細書には「プリンは、加熱方法によっても2つのタイプに分類される。即ち、オーブンの中で蒸し焼きする焼きタイプとレトルト釜や蒸し機等で蒸気加熱する蒸しタイプがある。」(2頁左欄15行ないし18行)と記載されていることが認められる。これによれば、原告らのいう「焼きタイプのプリン」とは「オーブンの中で蒸し焼きする」ことによって得られるプリンであることが理解できる。

一方、訴甲7(審刊5)によれば、【I】編「ガトウ」353号(社団法人日本洋菓子協会連合会昭和56年10月1日発行)には、「プリン生地を作る」の工程⑫として「180℃のオーブンに入れて蒸し焼きにする。」(18頁右欄1行,2行)と記載されていることが認められる。そうすると、訴甲7(審刊5)の同箇所に記載されている工程によって製造されるプリンは原告らのいう「焼きタイプのプリン」であることが明らかであるから、原告らの上記主張は、訴甲8(審刊8)の記載内容について検討するまでもなく、失当なことが明らかである。

(2)  相違点cの判断について

原告らは、訴甲3(審刊1)記載の考案が「焼きタイプのプリン」を製造するための器具に関するものであるのに対して、訴甲7(審刊5)に記載されているのは「蒸しタイプのプリン」の製造方法であるうえ、そもそも訴甲7(審刊5)記載の技術には加熱雰囲気を中枠によって区分けする発想自体が存在しないから、訴甲7(審刊5)記載の技術的事項を訴甲3(審刊1)記載の考案に適用することには合理的な動機付けが存在しない旨主張する。

しかしながら、訴甲7(審刊5)記載の技術によって製造されるプリンが原告らのいう「焼きタイプのプリン」であることは前記のとおりであるから、原告らの上記主張は失当である。

なお、原告らは、訴甲7(審刊5)記載の技術には加熱雰囲気を中枠によって区分けする発想自体が存在しない旨主張するが、加熱雰囲気を中枠によって区分けする発想自体は既に訴甲3(審刊1)に開示されているのであるから、原告らの上記主張は決定の説示に沿わないものである。

以上のとおりであるから、本件発明の請求項1の進歩性を否定した決定の判断に誤りはない。

2  請求項3の進歩性について

原告らは、訴甲5(審刊3)記載の考案の装置によって得られるものは「蒸しタイプのプリン」と考えざるを得ないうえ、同考案には加熱雰囲気を中枠によって区分けする発想自体が存在しないから、訴甲5(審刊3)記載の技術的事項を訴甲3(審刊1)記載の考案に適用することには合理的な動機付けが存在しない旨主張する。

訴甲5(審刊3)によれば、昭和53年実用新案出願公告第5221号には、「プリンなどのように凝固後もなお形状的に不安定なものは、成可く衝撃を与えることなく、しかも同一姿勢のまゝ取扱われることが望ましい。然るにこの考案は水平に敷設されたバーコンベヤーにより垂直吊下状態で冷却又は加熱処理し、その取出側へ案内板を斜設することによって被処理物の容器を自動的に浮上させ、そのまゝの姿勢で容易に取り出せるようにした」(1欄34行ないし2欄4行)と記載され、第2,3図(別紙図面B)にはプリン容器をそのフランジ部で懸垂する構成が図示されていることが認められる。そうすると、本件発明の請求項3が特徴とする構成、すなわちプリン容器をそのフランジ部で中枠開口部に懸垂させる構成は、当業者ならば訴甲5(審刊3)の上記記載及び図示に基づき、訴甲3(審刊1)記載の考案のプリン容器に適用すべきものとして、容易に想到し得た事項にすぎないことは明らかというべきである。原告主張の上記の点は、訴甲5(審刊3)記載の技術的事項を訴甲3(審刊1)記載の考案に適用することの妨げとはならないというほかない。

以上のとおりであるから、本件発明の請求項3の進歩性を否定した決定の判断にも誤りはない。

第4よって、決定の取消しを求める原告らの請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条,65条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

〈以下省略〉

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